女性成人病クリニック(東京都中央区)村崎芙蓉子先生

「いつまで続ける?」はどう生きる、どう老いる、ということ
まだ見ぬ21世紀型“100歳”を目指して

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HRTを受けて快適な毎日を過ごす女性の中にも、常に聞かれるのは「いつまでHRTを続けたらいいの?」ということばです。その問いについて、ご自身がHRTによって更年期障害のつらさから抜け出したという村崎芙蓉子先生に伺いました。一人の女性の生き方として、高齢社会における女性のライフスタイルを探るヒントとして、いっしょに考えてみませんか。

 


自身に起こった体調の変化

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50代前半、ひどい体調不良に悩まれていたそうですが

平均的に閉経した51歳頃から非常に疲れやすかったのですが、当時は忙しかったのでね。
循環器の医師として一日何十人もの患者さんを診ながら、両親と夫、子ども2人と猫一匹の世話を全部一人でして、さらに物書きのようなことをやり、教育のことについて書いたのがきっかけ(※)で文部省中央教育審議会にも呼ばれたりしていて、「こんなに忙しいのだから疲れても当然だ」と思っていたんです。

 

ご自分では「更年期の症状」という意識はなかったのですか

そうです。強い足の冷えと顔の乾燥、全身のかゆみ、ひどい疲れ、イライラやうつ…。足の裏がびりびりするほどの冷えを感じて素足で床を踏めないのね。痒みのほうも、衣服を脱ぐ時にひとしきり背中などをかきむしるセレモニーがあって、下着が血だらけになることもしばしばでした。顔面の異常な乾燥感を和らげようと家の中には加湿器を6台も備え、眠る時もその蒸気に顔を向けながら眠る始末…。

一番厄介だったのが、異常な疲労感。毎日の患者さんとの対話もつらくなり、思い切って非常勤医になったのが55歳の時です。少し時間にも体にもゆとりができてきた時、「エストロゲンでコレステロールが下がる」という論文に出会ったのでした。

 

  • ※『カイワレ族の偏差値日記』(鎌倉書房1987)ウレタンを敷いたプラスチックケースの中で均質に育てられるカイワレに現代の中高生の姿をなぞらえ、親の立場から現代教育を問うた作品で、当時の流行語にもなりました。

 


56歳で一粒のHRTに出会う

循環器の医師として、HRTを知ったのですね

当時、患者のコレステロール管理というのは、私たち循環器内科医の仕事の中の大きな部分でしたが、エストロゲンを用いる治療は、周りの医者を含めて試みたことがありませんでした。実は、私も閉経後の女性としてご多分に漏れずコレステロール値が上がってきていたので、「それなら自分で試してみよう」と思ったのです。

まず、飲んでいた抗コレステロール剤を止め、エストロゲン剤を一週間ほど服用してコレステロール値を確認するというのが当初の目的だったのですが、そんなことよりも、身体の急激な変化を感じたのでした。

 

どんな変化が起こったのですか

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55歳の3月、その日のことは良く覚えています。エストロゲン剤を一錠飲んだその日の夕方、いつもの疲労感が全くありませんでした。一日の診察後、いつもなら暫らくは立ち上がることもできないのに、その日の夕方は小走りに休憩室にいってお菓子を食べるという、「何年ぶりだろう」と思うようなことをやっていました。おそらく、私の体は、閉経後に女性ホルモンが急激に欠落してしまい、まるで砂漠の砂に水がしみこむようにす~ぅっと全身に滲みこんで行ったのだろうと思います。

易労感だけでなく、今まで不愉快に思っていた足の冷えや全身のかゆみ、顔面の乾燥、精神的なイライラや抑うつ症状などがあれよあれよという間に消えていき、私はとても元気になりました。そこで初めて、私はけっこう重症の更年期障害に悩まされていたのだと認識しました。私が更年期障害持ちになるなんて、想定外のことでしたよ!

 

まさに、医師と患者の両側面からHRTを体験されたのですね

女性ホルモン使用で、血液の何が変わるのか、採血だこができるぐらい調べて自己データを取っていきました。同時に婦人科の学会誌の更年期やホルモン補充療法の文献も集め始め、少しずつ更年期の本質に迫っていったのです。

ちなみに、私のコレステロール値はエストロゲンの服用によって軽度に下がって行き、確かにある程度の有効性は確認できましたが、循環器科医としては、HRTだけで高脂血症の治療が事足りるわけではないということを申し添えておきたいと思います。理屈から考えても、それは当然のことなのですが。

 


訴えが「更年期症状」という病名に集約されるまで

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思い返せば、どのような医療機関でも、いろんな症状を抱えているもののどこに行っても納得のいく説明や治療をしてもらえない女性の受診者が大勢いました。更年期とエストロゲン低下がもたらす更年期障害について考えたことがなかった私は、動悸、息切れは自分の専門医療項目だけれども、頭痛や関節痛や冷えや皮膚掻痒や抑うつ症は私のテリトリーではないと考えていました。

胸部レントゲン写真や心電図など循環器的な検査をして、異常がなければ、「心臓は全然心配ないですよ。旅行や趣味で気を紛らわしたらどうですか」などといって、頭痛は脳神経内科に、関節痛は整形外科への受診を勧めていたのです。申し訳ないことでした。

 

更年期の症状に悩む多くの女性がそうした医療を経験しています

医学部の学生の時にある教授が話されたことが忘れられませんでした。「患者さんの話をよく聞けば、その情報が凸レンズを通過する光のように必ず一つの焦点に集約される。そこに病名が書いてある」という言葉でした。ところが、中高年の女性たちの訴えは、話を聞いても聞いても、凹レンズを通過する光のように拡散し、焦点を結ばない。病名が見えてこなかったのです。「検査には何も異常がないの。あなたは病気ではない。少し気にしすぎじゃないかしら?」と、沢山の女性患者さんに私はそう言ってきました。

その後、自分自身が更年期障害に苦しみ、HRTで多くの更年期症状が改善したことから、初めて彼女達のさまざまな拡散する訴えの先に、大きく「更年期障害」という病名が書いてあったことに気づいたのです。

 

そうしたご経験から、現在の「女性成人病クリニック」を開業されたのですね

57歳になっていました。開業当時は、お客さま(患者さま)の、これまでとは全く異なる訴えの連続で訳の分からぬ事だらけ。57歳までの32年間、心臓を中心に診てきた経験を一度クリアにして、意識の中心に女性ホルモンを置き、全人的にお客さまの心身を診ようとする医療へと、自分を切り替えるのは本当に大変なことでした。頭の先から足の先までどんなことでも訴えを一旦受け止めて、更に奥まったところにまで話を進めて行く日々の訓練は、今となっては私の本当に大きな有難い財産と自信になっています。

 

日本で初めて、唯一の更年期専門クリニックということですが

高齢でもあったので自由診療のクリニックにしました。そのため、お客さまたちもフラッと立ち寄るということはありません。頭痛でも関節痛でも抑うつ症でも、他院でCTやMRIなどの検査を受け、異常なしといわれ、残るはもう更年期医療だけかもしれないと考え抜いてきてくださる賢い方ばかりです。

13、4年前は、現在のように更年期医療の情報がほとんどなかった時代でした。でも、皆さまはしっかりと勉強なさり調べ抜いて来てくださるので、エストロゲンを一から説明しないですむということはとても有り難かったし、凄いことだと感銘を受けたことでもあります。が、同時にそれだけ皆さま追い詰められての来院ですから、真剣勝負みたいな緊張もありました。

 


HRTはいつまで続けるか

HRTへの疑問としてよくあるのは「いつまで続けたらいいのか」ということですが

答えは二つです。
一つは、「あなたの苦痛が改善するまで」。
これまでの症例から言うと「5年」が一区切りです。1~2年でやめるとほとんど再発しますが、3年過ぎからは医療から卒業できる人が少しずつ増えてきます。4年だと8割がたは大丈夫かな。3~4年目からは薬の量も質も変わってくる症例が多くなります。

二つ目の答えは、「あなたが必要とする限り(続ける)」です。
肌の調子が良いし活力が出るなど医療以外のHRTのメリットを確実に感じている人もいます。「定年まで、この快い体調を保てるようにHRTを受けたい」という方は多いです。お独り身で働いていらっしゃる方は、特にそういうお申し出でが多いですね。また、骨粗鬆症で寝たきりのお母様の介護をしていらっしゃる方も、「骨量維持のためにもHRTは続けたい」とおっしゃいます。80歳代の方で、「歩行時に膣がすれて痛いから」と、微量のホルモンを望まれる方もいます。

 

まさに、各自が女性ホルモンに求める有効性はさまざまなのですね

若々しくとか肌のためになどというと、「それは医療の範疇ではないのではないか」と考える人もいるでしょう。しかし高齢社会で、100歳を超える方はますます増えています。アンチエイジング(抗加齢)志向は避けられないと思うのです。風邪が治れば風邪薬は止めるでしょう。同様に、更年期の急性期症状が治まったらHRTを止めるのもいい。

また、HRTの持つデリケートなプラスαを自分の人生のプラスαとして利用することも良いことではないかと私は考えています。幸か不幸か、私は酷い更年期障害のわなにはまり込みました。そのときエストロゲンから受けた恩恵は計り知れないものがあります。70歳になった私には日々さまざまな老人的なトラブルが襲い掛かってきますけど、それでもこうして小さなクリニックを背負っていられるのも、実は小さな一粒の薬剤のおかげだと信じているのです。よい医師の指導を得ながら生活環境や本人の意思や志向を加味して量や質を変え、用心深く、しかし信頼してエストロゲンを使い続けていくという方法もあると思います。

 


誰も見たことのない100歳を目指して

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HRTをどう使うかは生き方の問題と重なってくるのですね

今、このクリニックのお客さまとスタッフとの間には、「見たことのない100歳を目指して」という合言葉があるんです。日本人女性の平均寿命がまた延びました。85.23歳!「下手したら私たち100歳まで生きちゃうわね」というと、皆さま、口をそろえて、「そんなに生きたくないですよぉ」とおっしゃる。「寝たきりの母の介護をしていると、もう沢山だと思いますよぉ」と。「じゃぁ、今のままのあなたで100歳だったらどうぉ?」と私は言うんです。清潔なおしゃれが出来て、自力で買い物や旅行にも出かけ、美味しいものを心から感謝しながら味わい、趣味や向学心を忘れず、大笑い出来る自分を喜び、ビビットで背すじの伸びた100歳だったらどうぉ?と。すると、「それならねぇ…」と大概の方はおっしゃいます。元気で楽しくやっていけるなら、誰が死にたいと思うものですか!そんなことできるのかどうか分かりませんけどね。

あるお客さまが、「我々は、HRTについても前人未到のことをやっていますよね」とおっしゃいました。嬉しかったですね。主体性を持って自らのHRTの行く末を見つめているという意識。素晴らしいではありませんか。自分自身の更年期障害から始まった更年期医療はポスト更年期医療となり、今は初老期外来を併設している気分です。私の老化とHRTとのドッキング。私も自分の推移が興味深くてしようがない。長い話になりましたが、私のHRTの歴史は、日本のHRTの歴史でもあります。私が恐る恐る心身を委ねて行った更年期医療は、性差医療、女性外来の誕生と成長に大きく発展していきました。これからはどうするのか? さぁ……。まあ、見ていていただくしかありません。

 

HRTユーザーとして、また女性外来の先駆者として女性の悩みを聞き続けてきた村崎先生ならではのお話でした。「HRTをいつまでやればいいの?」はまさに、自分の中に答えがある問いであると言えそうです。

 


プロフィール:村崎芙蓉子(むらさきふよこ)先生

1935年
生まれ
東京女子医科大学卒業後同大付属日本心臓血圧研究所、新宿三井ビルクリニック副院長を経て92年女性成人病クリニック開設
著書:「カイワレ族の偏差値日記(文春文庫)」「3番診察室にどうぞ(角川書店)」他。

 
女性成人病クリニック

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