WHIHRTに関する報告その後 北米閉経学会指針を中心として


小山嵩夫クリニック院長  小山嵩夫

2002年7月の米国国立衛生研究所(NIH)の女性の健康と閉経(WHIのHRTに関する報告も含む)に関する国際方針声明により、HRTの臨床の現場は大きな影響を受けた。1年余りたってから、HRTの臨床家が中心となって実務的な指針が発表された。


〔北米閉経学会の指針〕

 2003年9月17日、北米閉経学会(NAMS)は、HRTに関する検討委員会の結果として、2002年10月の続報をNAMSの指針として発表した(Menopause10 : 497−506,2003)。
コンセンサスが得られた概略は、
1. 更年期障害、萎縮性膣炎、性交痛などの第一選択薬はHRTである。
2. 子宮がない症例においては、黄体ホルモンは使用してはいけない。
3. HRT投与中の子宮内膜のチェックは必須である。
4. 冠動脈疾患および、脳卒中の治療、予防にHRTを用いてはならない。
5. 5年以上のHRT投与により乳がんのリスクの増大と骨粗鬆症による骨折の減少は医学的に証明された。
6. 65歳以上の女性に痴呆予防目的でHRTの投与は勧められない。
7. HRTはこれからは目的達成のための低用量、短期間を考慮していく。
8. 更年期障害の程度、骨粗鬆症などの治療目的などがあれば、長期間のHRTを実施することもある。
9. HRTによる乳がん、血栓症、心臓疾患などの発症の絶対リスクは非常に小さなものであり、投与にあたっては、このことを十分に認識し、必要な症例においては医師と患者の十分な同意のもとに、これからも実施していくことが望まれる。 


〔HRTについての今後の課題〕

 コンセンサスが得られなかったこととしては、
1. 短期、長期のHRTで長期とは何年かということであるが、乳がんのわずかな増加からみれば5年であり、冠動脈や血栓症では2年である。しかし、血栓症などは、50歳代前半の患者に投与した場合は2年では増加していない。結局、各々の患者毎に決定することとなった。
2. HRTは冠動脈疾患の危険因子として認識すべきかについては、更年期障害を訴えている患者では2年以内の冠動脈疾患の増加は認められなかったことから、今後の検討課題となった。
3. 更年期障害の適応で、いつまでHRTを処方してよいのかにも、結論は出されなかった。
4. HRTは中止の方向にもっていった方がよいのか、減量がよいのか、今回の持続併用投与法のHRTを、すべてのHRTの結果と考えてよいのかについても結論が得られなかった。
5. HRTの長期投与はQOLの向上に有効かどうかについても結論を得ることができず、今後の課題となった。


 〔NIHの報告についての疑問〕

北米閉経学会(NAMS)のホームページの2004年1月13日付で初代会長のDr Utianと米国医師会雑誌の編集者とのやりとりが掲載されている(JAMA291:42-43、2004)。WHIの報告で、HRTにより卵巣がん、子宮内膜がんはともに、増減については有意の差が認められなかった。従って、結論としては、卵巣がん、子宮内膜がんはHRTのメリット、デメリットの評価からは除外すべきである。しかし、JAMAの論文(JAMA 290:1739−1748、2003)では、考察で、卵巣がんについては危険が増大する可能性、子宮内膜がんでは危険は減少しているとコメントしており、著者らの先入観念が入っているのではないかということである。著者らは、この様な考察を書いた理由を説明していたが、結論としては、Dr Utianのコメントに同意していた。


 〔研究成果を臨床の現場ではどの様にとらえたらよいか〕

 2002年7月のWHIの結果に基づくNIHのHRTの指針に比べ、2003年9月のNAMSの指針は、HRTに対し十分なコンセンサスが得られなかったことが明確に読みとれる。NIHの指針をまとめた人達は、NAMSの指針をまとめた人達に比べ、HRTの臨床の現場の関与は非常に少ない。純粋に研究から出された結論と、臨床経験に基づいた実感との差とも言える。先程の、Dr Utianが2重盲検試験で有意差が出たからといって、臨床的にいつもそのことが正しいとは限らない(Menopause Management 12 (6) : 9-10 ,2003)といって、WHI報告の結果について実例をあげてコメントを寄せているが、傾聴に値しよう。


 〔英国のHRTと乳がんについての報告(Million Women Study,MWS)〕

 2003年8月に英国から報告された(Lancet 362:419-27,2003)もので、108万人(平均55.9歳)を5年弱観察した。HRTにより乳がんの増加の結果が得られており(1.24〜2.0倍)、10年以上投与した場合は2.31倍となった。総合的な結果としてはHRT5年間で1000人当り乳がんの発症が6例増加、10年間で19例増加となっており、2002年のWHI報告とほぼ同様である。
この結果についてはNAMSからも、大規模観察研究によって乳がんの増加が認められたことに意義があるとのコメントが出されている。日本更年期医学会からも正式な見解が2003年11月に発表されており
(www.j-menopause.com/data/page/kyu-hrt2.html)、この報告によりHRTと乳がんに対する従来の当学会の見解が変わるものではないが、この結果を踏まえて、HRT実施に際してはきちんとした管理を行い、HRTのメリット、デメリットを症例毎に評価しながら実施していくことの大切さを述べている。


 〔厚生労働省のHRTの安全性情報について〕

 2004年1月29日医薬食品局は“卵胞ホルモン製剤の長期投与と安全性について”の安全性情報(No、197)を出した。WHIとMWSの結果について詳細に説明し、わが国においてはこの様な報告はまだないとしながらも、次のような事柄について配慮することを述べている。
1. これらのHRTのリスクとベネフィットについては投与前に患者に必ず情報提供をすること、
2. 投与前に必ず乳房検診、婦人科検診を実施すること、
3. HRTの目的にあった必要最小限の使用にとどめ、漫然と長期投与を行わないこと、
4. 骨粗鬆症治療目的でHRTを投与する場合は、6ヶ月〜1年後に骨密度を測定し、増加していない場合は他の治療に変更するなどである。
 WHI、MWSの正確なデータがA4版数頁にわたって記載されており、内容的には当然のことが書かれている。しかし、これが1〜2行の見出しと数100字の内容からなる新聞報道となると、内容がどうしても刺激的、短絡的になり、社会的な混乱を招くようである。
この文章をこの報道直後に書いているが、すでに多くの問合せがきており、今回も正確な内容を伝えるのにかなりの時間がかかりそうな気配である。


 〔わが国におけるHRT〕

米国でのHRTの現場の混乱振りに比べ、わが国では、HRTをはじめる人は一時的に減ったかも知れないが比較的落着いている。理由としては、HRTをもともと受けている人が圧倒的に少なかったこと(対象人口の2%未満)、日本更年期医学会、日本産婦人科学会などの対応が早く、現場での混乱が生じる前に学会からの指針が発表されていたこと、関連学会においても適切に取り上げられたこと、厚生労働省も適切な情報提供を行ってきたことなどがあげられる。
HRTについては、もう少しこれまでの研究結果と自らの臨床経験をきちんと整理し、更年期には何でもHRTということではなく、その重要かつ適切な役割を探っていく期間がしばらく必要といえよう。
  (東京都中央区銀座6-14-2)

(出典:日本更年期医学会ニューズレター 9巻3号、2004年2月発行)

前に戻る