クリニック訪問6 埼玉 草加市立病院 安水洸彦医師

東京品川 NTT東日本関東病院 安水洸彦医師
※安水先生は草加市立病院に移られました。外来診療など詳しくは病院にお問い合せください。

婦人科科がん専門外来でHRTが行われる理由

QOL(クオリティ・オブ・ライフ)ということばはさまざまな場面で使われていますが、
特にがん治療の現場では「どう生きるか」は大きな問題になってきます。
今回は、婦人科がんの治療現場でHRTを治療に取り入れておられる安水先に
お話を伺いました。


 術後のQOLを上げ、よりハッピーに生きるために 
子宮と卵巣のがんでは、多くの場合子宮と卵巣をすべて摘出することになります。すると人工的に閉経した状態になり、エストロゲンの欠乏症状が起こってきます。ほてりや発汗、動悸などの運動血管神経障害のほか、うつやイライラなどの精神症状もよく見られます。
ただでさえがんになったことでつらい思いをしているのに、さらに更年期の症状により精神的な落ち込みが激しくなる方が多くいらっしゃいます。

更年期の症状だけでなく、卵巣摘出によりエストロゲンが供給されなくなると、骨量が減少して骨粗鬆症による骨折がおきやすくなります。骨折すると寝たきりになり、生活の質(QOL=クオリティ・オブ・ライフ)が大きく低下します。
また、萎縮性の膣炎・外陰炎・膀胱炎が生じ、かゆみ・痛み・頻尿など不快な症状が生じるだけでなく、性交障害によりパートナーとの関係が気まずくなることもあります。このようなQOLの低下をまとめて解決する治療法がHRT(※ERT)なのです。HRTはQOLを向上させ、患者さんによりハッピーに過ごしてもらうための治療の一環と私は考えています。
(※HRTでは、通常エストロゲンとともに子宮粘膜の肥厚を防ぐプロゲステロンを併用します。しかし、卵巣・子宮を摘出した場合、プロゲステロンは必要ありません。エストロゲンのみの単独投与をERT(エストロゲン補充療法)といいます。このコーナーでは便宜上「HRT」という表記で統一しています)

 がん治療における価値観の変化
そもそも、先生がHRTをお始めになったのは今から16〜17年前だそうですが そうですね。この時期、がん治療の現場ではいくつかのパラダイムシフト、つまり基本的な価値観の転換がありました。
それまでは、「なんとしてでも生存率を上げる」「一日でも長く生きたほうがよい」という考え方だったのですが、しだいに「ベッドに横たわって何もできずに長く生きるより、よりハッピーに充実して生きられるようにしてあげるのが、本当の治療ではないか」という考え方に変わってきたのです。
「がんを治す」というだけでなく、もし治らない時もがんとうまくつきあおうということですね。

具体的にどのようなことが始まってきたのですか まず、がんの告知です。具体的な病状や経緯の正確なインフォームドコンセントを行なうということ。
そして、「EBM(エビデンス・ベイスド・メディスン=根拠に基づく医療)」を尊重すること。
最後に、痛みやつらさを和らげる「緩和医療」の広まりです。その中で、がんに直接働きかけるのではないが症状を取って楽に過ごすための「対症療法」を積極的に導入しようという動きが出てきました。
私がHRTを始めたのはこのことからです。
当然ですが、エストロゲンが悪影響を及ぼす方、例えば抗エストロゲン剤が治療に必要な患者さんなどにはHRTは行ないません。

それまでは、摘出手術後に起こる更年期の症状(卵巣機能欠落症状)にはどのような対応が行なわれていたのでしょう。 当時はまだ、生存率を上げるのが最大の課題で、医師にQOLを考えるまでの余裕がなかったとようです。また患者さんも「がんになったのだから生きているだけで十分、多少の障害は仕方がない」という考えが強かったように思います。もちろん卵巣機能欠落症状をきちんと治療なさっていたドクターもいらしたとは思いますけれど。ただがん治療の盲点として、大学病院やセンター病院の勤務医とくに若い医師は病院を短期間で移動するので、治療後の患者さんについて5年10年という長期間の経過観察をすることが少ないことも上げられます。QOLに関してはやはり一定期間の観察を行わないとわからないことがあります。


 WHI報告以降。メリットとデメリットをどう見るか
2002年のWHI報告により、HRTの使用に何か変化はありましたか HRTは、世界的に見ても治療薬として使用されている面と健康増進薬として使用されている面があります。私のスタンスはHRTとは卵巣機能欠落症状(更年期症状もこの一つです)の優れた治療薬であり、代替がないというものです。実際大きなメリットに比べデメリット(副作用)の少ない薬です。
だからWHI報告による混乱はありませんでした。むしろ、5年以上使って症状がとれているのに、健康増進薬としての継続を望まれる方には、WHI報告をきっかけに「少しお休みしましょうか」という提案することができました.。
WHI報告については、調査対象者の年齢が高いとか、肥満数や喫煙率の高さなどで、日本人にそのままあてはまる結果ではないという意見もあります。しかし、サンプル(対象者数)が多いことによるデータの確実性や、米国国内でのいくつかの諮問委員会を経て出された報告であることは尊重すべきと考えます。WHIに匹敵する規模の研究で、これを否定するようなデータが出ない限りは、参考にしていきたいと考えています。
副作用について私が心配なのは、乳がんよりも血栓症ですね。また、以前言われていたような脳卒中や心筋梗塞への効果は見られなかったという結果なども素直に受けとめ、患者さんに伝えていきたいと考えています。


 医療現場から見た乳がんリスク
HRTの乳がんリスクを心配される患者さんは多いと思いますが それは当然ありますね。乳がんは非常に生存率の高い、治りやすいがんですが、発生がエストロゲンに関係していますので、理論的にはHRTによるリスクは確かにあるのです。ただ、乳がんの発生率は日米間でかなりの差があり、米国人のデータが日本人にそのまま当てはまるかはまだ結論がでていません。現実に日本人でHRTにより乳がんが発生した例は非常に少ないのではないでしょうか。また、日本ではHRTはほとんど普及していないのに、乳がんは急速に増加しています。すなわちHRTを行わなければ乳がんにならないということは絶対にないのですから、HRTに関係なく定期的に検診を受けられることをお勧めします。
ちなみに、私がHRTを処方してきた患者さんで乳がんが発生したケースはお一人だけです。逆に、HRTを希望された方に乳がんチェックを行い、初期の乳がんを見つけたケースは2例あります。

なるほど。リスクにこだわるだけでなく、自分のQOLのために一歩踏み出すことですね。 副作用という点でいえば、抗がん剤などはまさに副作用の頻度は高くかつ重篤です。抗菌剤もこれほどではないといえ、やはり看過できない副作用があります。でも、治療のメリットがデメリットを上回るから使うのですね。治療薬としてのHRTも同様です。治療の目的を理解し、常に自分にとってのプラスとマイナスを考えながら、必要に応じて使って行くのがよいでしょう。

(取材:メノポーズを考える会)

  

安水洸彦(やすみずたけひこ)先生

※安水先生は草加市立病院に移られました。
外来診療など詳しくは病院にお問い合せください。


昭和47年東京大学医学部卒業。東大医学部助手、ハーバード大学研究員。山梨医科大学(現・山梨大学)産婦人科助教授を経て現職。
日本産科婦人科学会代議員、同関東連合地方部会幹事長、日本内分泌学会、日本不妊学会などの学会代議員、日本婦人科腫瘍学会指導医。

安水先生は現在、NTT東日本関東病院産婦人科で婦人科がん(女性腫瘍)の治療と婦人科抗加齢医療を専門としていらっしゃいます。
現:草加市立病院副院長(産婦人科)

草加市立病院 産婦人科  
http://www.soka-city-hospital.jp/index.html




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